兄弟愛が芽生えた瞬間であった。
と書くと大抵の人は美しい光景を思い描くに違いない。ところが現実は少し違う。真の兄弟愛とは、臭く、匂いを伴うものでもあるのである。
ある日曜日、家族全員でライン川沿いに散歩に行った。どんぐりたちは、Laufradと呼ばれるペダルのない自転車に乗っていた。ペダルがないのでテケテケと足で土を蹴って前に進むのである。
ライン川についたはいいが、突然どんぐりの一人、えゆが先に進まなくなった。頑として降りるときかないのである。怪しいと思ったところ、予感は的中した。つまり、オムツがいっぱいでサドルに座っていると気持ち悪いというわけだ。
とりあえず近くには美術館があり、そこのトイレは一般でも使えるので、オムツ道具一式とえゆを抱いてそちらに向かった。すると、しばらくすると他のメンバーも後からついて来るではないか。どうしてかと聞くと、かゆも全く同じ状況らしい。
それなら二人一緒に済ましてしまおうと美術館のトイレにえゆかゆを連れて入っていった。
ところが、デパート等とは違い、おむつを替えるスペースがない。仕方がないので障害者用のトイレに入った(中が広々としているので)。床は綺麗だったので、オムツシートを床に広げてえゆを寝かせズボンを脱がした。
お尻を拭いていると、なにやら痛そうに泣き出した。きっとXXXをしてから大分経っていたのであろう。すり切れているのかもしれない。そっと拭くのだが、やはりピーピーと痛そうな声を出す。
すると、予想もしていなかった事が起きた。この間、かゆは同じトイレに入って横で見ていたのだが、痛そうに泣くえゆを見ると手を差し伸べてギュッと手を握り締めたのである。えゆが可愛そうになり、励まそうとして出た行動に間違いはない。えゆも、かゆの意図がとっさにわかり、嬉しそうに笑顔を見せるとギュッと手を握り返した。えゆは痛さをこらえることが出来、おかげでお尻を拭くこちらとしても楽になった。
次はかゆの番になり、オムツの取替えに入ったが、こちらはお尻が痛くもないのに手をえゆに差し伸べるではないか。えゆもこれは半ば遊びであるとわかっていながら、あたかもかゆを励まそうとするかのように手を握り返した。二人とも楽しそうに笑っていた。
兄弟愛が芽生えた瞬間であった。
2011年3月20日日曜日
2011年3月8日火曜日
大の風呂嫌い
これも1ヶ月程前のことであろうか。事件は風呂場で発生した。
どんぐりのうち、「かゆ」は特にお風呂が大好きであった。「であった」という過去形からも推測されるように、途中から「でなくなった」のであるが、実は今はまた「好き」になっている。途中の紆余曲折についてこの一ヶ月の出来事を紹介しよう。
髪の毛を洗う時、バスタブに座ったままの状態で頭からお湯をかけるのであるが、「上向いてごらん」というとあごを突き出して前方斜め約30度に顔を上に傾斜させる。それから頭のてっぺんからお湯をかけると通常はお湯は後ろ髪をつたって後方に落ちていく。したがって、顔面はセーフである。こうしておいてから、シャンプーをつけてごしごし洗い、また「前方斜め30度」に顔を上げさせてお湯をかける。いつもこうしていたのでルーティーン化し、本人達もよく心得たものであった。
ところが。我の強いかゆは、あるとき髪の毛を洗われるのを拒んだ。髪の毛は最後に洗うことになっているため、髪の毛を洗うとその後は大好きなお風呂からあがらないといけない。「でもまだお風呂で遊んでいたい、だからまだ髪の毛は洗って欲しくない」とこの小さな頭で考え、抵抗を試みたのである。かゆ的表現を借りると、「こんぷこんぷ(お風呂のこと)、ばいばい、ないない」なのである。つまり翻訳すると、「お風呂からまだあがりたくない」のであった。
そうはいってももうかれこれ20分近く入っているし、そろそろお湯も冷えてきた頃。なだめすかしても言うことをきく気配は全くない(かなりの強情者なのである)。髪を洗った後もドライヤーで髪の毛を乾かし、タオルで体をふき、寝袋にくるませてベッドに連れて行き、お話を一冊読み聞かせることになっている。眠りにつくまでの工程はまだまだ長い。今から髪の毛を洗い始めないと夜遅くなってしまう。かといってもう三日くらい髪の毛を洗っていない。今晩何としても洗わんと。父は心の中で焦っていた。
「今洗うべし」と判断した父は、情け容赦なくお湯を髪の毛にかけ始めた。まずお湯で髪の毛を濡らしたところが、普段は命令通りに「前方斜め30度上」に顔を傾斜するはずのかゆが、全身で拒絶を表現し頭を縦横にぶんぶん振り出した。当然のことながら、引力の法則にしたがってお湯はかゆの顔面や側面の耳の横を流れ落ちた。流れ落ちるお湯は支流を作り、耳の穴や目の中にも少し入り込んだ。
そこからの光景は想像にまかせるが、それは凄まじいものであった。阿鼻叫喚。かゆは屈することなく徹底抗戦を決意し、顔を真っ赤にしてさらに必死の抵抗を試みた。こちらとしてはとりあえず始めてしまったので、すかさずお湯をかけるも、相手が動き回るため手元も狂いがちとなり、今度はもろに顔面をお湯が流れ落ちた。口や鼻にも少しかかった模様。またまた叫喚。激しい抵抗。この繰り返し。
シャンプーをつけて洗い始めるも、この状態では到底続けることは出来なかった。途中で止めたものの、やはり興奮はおさまらず、風呂からあがって乾かしている間中もわんわん泣いていた(泣くと相当うるさい)。母親が来て慰めるとようやく静まったが、本人には相当ショックだったに違いない。
二日後、また風呂に入った際にもこの出来事をよく覚えており、髪の毛にかけるお湯をコップに入れるのを見るともう青ざめた顔をして立ち上がって風呂から逃げ出そうとする。仕方がないのでその日は見合わせたが、次の時にはさすがに洗わざるを得ないので、また強制しようとするとこれまでにない凄まじい抵抗に合った。最後は自分が裸になってバスタブに入り、泣き叫ぶわが子を羽交い絞めにしている間、手伝いに来た母親がコップで頭からお湯をかけ、シャンプーをするという手段を講じた。二人がかり、体を張っての大仕事である。その間、まるで網にかかった猛獣が必死の抵抗をするかの如く、暴れ続けるのをがっちり抑えていなくてはならない。耳を劈くものすごい叫び声(こんな大声だせるのかこいつ、と半ば驚嘆した)。一歩間違えば幼児虐待である。そうはいっても髪の毛を洗わないでほうっておく訳にはいかない。
こうしたことが数回続いた。挙句の果てはお風呂の蛇口をひねる音を聞くと「ないない、ないない」と泣きそうな顔をして自分の頭を手で指差して嘆願しにくる始末。 「お風呂で髪を洗うのはやめて頂戴」と必死に訴えかけるのである。そして「ぷーぷー、ぷーぷー」とお尻を指差して訴える(「お尻だけ洗って頂戴」と)。
毎回洗うわけではなく、髪の毛さえ洗わなければ機嫌よく遊んで普通にしているところから、お風呂自体は嫌いなわけではない。問題は「洗髪トラウマ」なのである。さて、どうしたものか。解決策は中々思い浮かばず、しばらくは「二人がかり、体を張っての洗髪作業」が続いた。
(「大の風呂嫌い ―解決編」に続く)
どんぐりのうち、「かゆ」は特にお風呂が大好きであった。「であった」という過去形からも推測されるように、途中から「でなくなった」のであるが、実は今はまた「好き」になっている。途中の紆余曲折についてこの一ヶ月の出来事を紹介しよう。
髪の毛を洗う時、バスタブに座ったままの状態で頭からお湯をかけるのであるが、「上向いてごらん」というとあごを突き出して前方斜め約30度に顔を上に傾斜させる。それから頭のてっぺんからお湯をかけると通常はお湯は後ろ髪をつたって後方に落ちていく。したがって、顔面はセーフである。こうしておいてから、シャンプーをつけてごしごし洗い、また「前方斜め30度」に顔を上げさせてお湯をかける。いつもこうしていたのでルーティーン化し、本人達もよく心得たものであった。
ところが。我の強いかゆは、あるとき髪の毛を洗われるのを拒んだ。髪の毛は最後に洗うことになっているため、髪の毛を洗うとその後は大好きなお風呂からあがらないといけない。「でもまだお風呂で遊んでいたい、だからまだ髪の毛は洗って欲しくない」とこの小さな頭で考え、抵抗を試みたのである。かゆ的表現を借りると、「こんぷこんぷ(お風呂のこと)、ばいばい、ないない」なのである。つまり翻訳すると、「お風呂からまだあがりたくない」のであった。
そうはいってももうかれこれ20分近く入っているし、そろそろお湯も冷えてきた頃。なだめすかしても言うことをきく気配は全くない(かなりの強情者なのである)。髪を洗った後もドライヤーで髪の毛を乾かし、タオルで体をふき、寝袋にくるませてベッドに連れて行き、お話を一冊読み聞かせることになっている。眠りにつくまでの工程はまだまだ長い。今から髪の毛を洗い始めないと夜遅くなってしまう。かといってもう三日くらい髪の毛を洗っていない。今晩何としても洗わんと。父は心の中で焦っていた。
「今洗うべし」と判断した父は、情け容赦なくお湯を髪の毛にかけ始めた。まずお湯で髪の毛を濡らしたところが、普段は命令通りに「前方斜め30度上」に顔を傾斜するはずのかゆが、全身で拒絶を表現し頭を縦横にぶんぶん振り出した。当然のことながら、引力の法則にしたがってお湯はかゆの顔面や側面の耳の横を流れ落ちた。流れ落ちるお湯は支流を作り、耳の穴や目の中にも少し入り込んだ。
そこからの光景は想像にまかせるが、それは凄まじいものであった。阿鼻叫喚。かゆは屈することなく徹底抗戦を決意し、顔を真っ赤にしてさらに必死の抵抗を試みた。こちらとしてはとりあえず始めてしまったので、すかさずお湯をかけるも、相手が動き回るため手元も狂いがちとなり、今度はもろに顔面をお湯が流れ落ちた。口や鼻にも少しかかった模様。またまた叫喚。激しい抵抗。この繰り返し。
シャンプーをつけて洗い始めるも、この状態では到底続けることは出来なかった。途中で止めたものの、やはり興奮はおさまらず、風呂からあがって乾かしている間中もわんわん泣いていた(泣くと相当うるさい)。母親が来て慰めるとようやく静まったが、本人には相当ショックだったに違いない。
二日後、また風呂に入った際にもこの出来事をよく覚えており、髪の毛にかけるお湯をコップに入れるのを見るともう青ざめた顔をして立ち上がって風呂から逃げ出そうとする。仕方がないのでその日は見合わせたが、次の時にはさすがに洗わざるを得ないので、また強制しようとするとこれまでにない凄まじい抵抗に合った。最後は自分が裸になってバスタブに入り、泣き叫ぶわが子を羽交い絞めにしている間、手伝いに来た母親がコップで頭からお湯をかけ、シャンプーをするという手段を講じた。二人がかり、体を張っての大仕事である。その間、まるで網にかかった猛獣が必死の抵抗をするかの如く、暴れ続けるのをがっちり抑えていなくてはならない。耳を劈くものすごい叫び声(こんな大声だせるのかこいつ、と半ば驚嘆した)。一歩間違えば幼児虐待である。そうはいっても髪の毛を洗わないでほうっておく訳にはいかない。
こうしたことが数回続いた。挙句の果てはお風呂の蛇口をひねる音を聞くと「ないない、ないない」と泣きそうな顔をして自分の頭を手で指差して嘆願しにくる始末。 「お風呂で髪を洗うのはやめて頂戴」と必死に訴えかけるのである。そして「ぷーぷー、ぷーぷー」とお尻を指差して訴える(「お尻だけ洗って頂戴」と)。
毎回洗うわけではなく、髪の毛さえ洗わなければ機嫌よく遊んで普通にしているところから、お風呂自体は嫌いなわけではない。問題は「洗髪トラウマ」なのである。さて、どうしたものか。解決策は中々思い浮かばず、しばらくは「二人がかり、体を張っての洗髪作業」が続いた。
(「大の風呂嫌い ―解決編」に続く)
えゆかゆ
どんぐりたちは「かい」というと自分のことだとこれまで信じてきた。
自分たちでなくとも、小さな子供や、動物の赤ちゃんを見ても「かい」と呼んできた。
ところが、ここ1ヶ月の間に変化が生じた。どんぐりの一人、弟分の方が自分のことを「えゆ」と呼び出し、「かい」とか「かや」とか呼んできた自分の兄弟と明確に区別し始めたのである。精神的に独立し自我の意識が芽生えた瞬間であった。
もう「おいらたち、かい」ではなく「あいつはかい、おれはえゆ」である。
二人合わせて「えゆかゆ」または「かゆえゆ」としよう。
大きな一歩。毎日個性が磨かれ、形作られていっている。
自分たちでなくとも、小さな子供や、動物の赤ちゃんを見ても「かい」と呼んできた。
ところが、ここ1ヶ月の間に変化が生じた。どんぐりの一人、弟分の方が自分のことを「えゆ」と呼び出し、「かい」とか「かや」とか呼んできた自分の兄弟と明確に区別し始めたのである。精神的に独立し自我の意識が芽生えた瞬間であった。
もう「おいらたち、かい」ではなく「あいつはかい、おれはえゆ」である。
二人合わせて「えゆかゆ」または「かゆえゆ」としよう。
大きな一歩。毎日個性が磨かれ、形作られていっている。
2011年2月12日土曜日
合格!!!
というタイトルの通り、今日はどんぐりの姉の合格記念日となった。先に「初雪の日の怠け者ちゃん」というタイトルで解説した通り、いよいよ今年は進路決定の年であるが、今日の昼過ぎになり郵便受けを開けると第一志望校からの合格通知が入っていた。
ま、「怠け者ちゃん」事件があったとはいえ、何となく受け入れられるという予感がしていたが(「怠け者ちゃん」という表現が校長先生に相当なインパクトを与えて覚えていてくれたおかげという説もあるが)、これで確かなものとなったのである。家族一同ほっと一安心。9月の入学までまだたっぷり時間がある。
怠け者ちゃんは4年になってから大分頑張ったようで、成績はさらに良くなっていた。といっても家で勉強などしている姿は、殆ど見たことはないが(補習校の漢字再検定の猛特訓を別として)。コメントにも「怠け者ちゃん」の文字はなかった(表現が変わって「せっかく授かった能力を最大限発揮しなさい」という文はあったが)。ポーランドの成績もカウントされていて「大変良い」だった。不思議なことに日本語も「大変良い」というコメントがあった。これは恐らく担任の先生の勘違いであろう(補習校の成績を小学校にも提出しているわけではないので)。結構いい加減である。でも好意として受止めておこう。
合格までの道のりを少し詳しく解説すると:
この学校は他校よりも選別が早い時期に行われる。昨日が願書提出の期限だった。他の学校は大体来週以降から面接・願書提出を行うことになっている。
願書と最終学年の通知表を昨日事務局に持って行ったばかり。他の書類は昨年12月の面接時に渡してある。
ところで、最終学年の通知表が小学校から渡される日も昨日(!)。つまり昨日中に小学校から通知表を受け取り、その足で志望校に願書(これも入力済みのものが学校から手渡される)と共に持っていくのだが、通知表の類は大体朝から渡されることはなく、帰りにもらうもの。一方、志望校の事務局は午前中までで終わりなので、普通のやり方では願書提出が間に合わない(=すると自動的に不合格!)。そこでここの学校を志望校とする児童は小学校側に頼んで1日早く通知表を用意してもらうことになった。つまり、一昨日の午後に通知表をもらっていたのだ。
願書&最終学年の通知表の受け取りから合格通知発送までほとんど1日もかかっていない(受け取ったその日の夕方には郵送していたはず)。ということは、事前の書類選考でほぼ選別は終わり、後は面接を受けた子供の願書が実際に来たか、3学年の通知表から著しい乖離がないか(成績が極端に悪くなっていないか)のみチェックされるようである。
万が一合格していなかったらどうなっていたか:願書は学校毎に用意するのではなく、市から発行される共通の様式で、一人に一部づつ「支給」される(通知表と一緒に配られる)。この願書を志望校に持っていくのであるが、不合格になったら次を探さなければいけない。面倒くさいことに、新たに願書が作成されるのではなく、(落ちた)志望校に持っていった願書をいったん取り返しに行くのである。そしてそれをまた次の志望校に持っていくのである。通常の学校は来週から早速受付開始なので、面接のアポ取りから始まって非常に慌しかったであろう。
それにしても10歳で進路選択というのは結構シビア。この時点で(小学校4年で)成績が悪いともう将来の大学進学はあきらめざるを得ない。成績表に進学校の「推薦」欄があり、学校側が記載しているのであるが、実科学校を推薦されていると正直ギムナジウムには入れてもらえない。勿論、大学進学だけが道ではないのだが。
いやはや、姉は取り合えず進路が決まったが、お次はどんぐり達の幼稚園選びがやってくる。今年も忙しくなりそうである。
ま、「怠け者ちゃん」事件があったとはいえ、何となく受け入れられるという予感がしていたが(「怠け者ちゃん」という表現が校長先生に相当なインパクトを与えて覚えていてくれたおかげという説もあるが)、これで確かなものとなったのである。家族一同ほっと一安心。9月の入学までまだたっぷり時間がある。
怠け者ちゃんは4年になってから大分頑張ったようで、成績はさらに良くなっていた。といっても家で勉強などしている姿は、殆ど見たことはないが(補習校の漢字再検定の猛特訓を別として)。コメントにも「怠け者ちゃん」の文字はなかった(表現が変わって「せっかく授かった能力を最大限発揮しなさい」という文はあったが)。ポーランドの成績もカウントされていて「大変良い」だった。不思議なことに日本語も「大変良い」というコメントがあった。これは恐らく担任の先生の勘違いであろう(補習校の成績を小学校にも提出しているわけではないので)。結構いい加減である。でも好意として受止めておこう。
合格までの道のりを少し詳しく解説すると:
この学校は他校よりも選別が早い時期に行われる。昨日が願書提出の期限だった。他の学校は大体来週以降から面接・願書提出を行うことになっている。
願書と最終学年の通知表を昨日事務局に持って行ったばかり。他の書類は昨年12月の面接時に渡してある。
ところで、最終学年の通知表が小学校から渡される日も昨日(!)。つまり昨日中に小学校から通知表を受け取り、その足で志望校に願書(これも入力済みのものが学校から手渡される)と共に持っていくのだが、通知表の類は大体朝から渡されることはなく、帰りにもらうもの。一方、志望校の事務局は午前中までで終わりなので、普通のやり方では願書提出が間に合わない(=すると自動的に不合格!)。そこでここの学校を志望校とする児童は小学校側に頼んで1日早く通知表を用意してもらうことになった。つまり、一昨日の午後に通知表をもらっていたのだ。
願書&最終学年の通知表の受け取りから合格通知発送までほとんど1日もかかっていない(受け取ったその日の夕方には郵送していたはず)。ということは、事前の書類選考でほぼ選別は終わり、後は面接を受けた子供の願書が実際に来たか、3学年の通知表から著しい乖離がないか(成績が極端に悪くなっていないか)のみチェックされるようである。
万が一合格していなかったらどうなっていたか:願書は学校毎に用意するのではなく、市から発行される共通の様式で、一人に一部づつ「支給」される(通知表と一緒に配られる)。この願書を志望校に持っていくのであるが、不合格になったら次を探さなければいけない。面倒くさいことに、新たに願書が作成されるのではなく、(落ちた)志望校に持っていった願書をいったん取り返しに行くのである。そしてそれをまた次の志望校に持っていくのである。通常の学校は来週から早速受付開始なので、面接のアポ取りから始まって非常に慌しかったであろう。
それにしても10歳で進路選択というのは結構シビア。この時点で(小学校4年で)成績が悪いともう将来の大学進学はあきらめざるを得ない。成績表に進学校の「推薦」欄があり、学校側が記載しているのであるが、実科学校を推薦されていると正直ギムナジウムには入れてもらえない。勿論、大学進学だけが道ではないのだが。
いやはや、姉は取り合えず進路が決まったが、お次はどんぐり達の幼稚園選びがやってくる。今年も忙しくなりそうである。
2011年1月25日火曜日
どんぐり語講座(中級編)
どんぐり語、いわゆるDonglishの入門講座を昨年紹介したが、今回は中級編である。
フッフー(Fuffu)
:「熱い」という意味。ようは、熱い食べ物を「ふうふう」してから食べさせていたら使い出したもの。「フッフー、ナイナイ」は「熱くない」「冷めていて(もう食べられる、だからはよよこせ)」と訳される。
ベー(Baeh)
:きたないこと。(食べ物などが)まずいこと。
カウワ(Kaua)
:コーヒーのこと。ポーランド語のカヴァ(Kawa)と似ているが、まだ「ヴァ」と発音できず、どちらかというと「カウワ」に近い発音となる。勿論、本人たちはまだ飲んでいない。
ミユ(Miyu)
:ミルク(牛乳のこと)。「ミルク」が語源と推測される。最近好きになり(以前はリンゴジュースばかりであったが)、しきりに欲しがるようになった。なお、少し温めてから飲むので電子レンジで10秒ばかりチンするのであるが、電子レンジのドアの開け閉めと「スタート」ボタンは自分でやるといってきかず、うっかり父ちゃんがやってしまうとえらく怒り出すのには本当にまいる。
ブーブー(Buu Buu)
:車のこと。日本の幼稚語とほぼ同じ。ちなみにバスも「ブーブー」になる。
ゴッゴー(Go Goo)
:クレーン・ブルドーザー・パワーショベルなど工事現場でよく見かける特殊車両。大ファン。道を歩いていて見かけるとしきりに「ゴッゴー、アッター」を連発する。立ち止まらずに急いで通り過ぎようとすると猛反発して泣き叫ぶので要注意。クレーンのてっぺんが見えたら回避すべく別のルートを通るか、時間的に余裕があれば観念して5分程立ち止まるかのどちらか。
ジュジュー(DschuDschuh)
:電車のこと。ゴッゴー以上に熱を入れている。恐らく二人とも将来は鉄道ファンになる前兆と思われる。乗るのも大好き、見るのは本物だろうが模型だろうが飽きなく眺めていられる。アニメでは勿論「機関車トーマス」が大のお気に入りで「トメー(Tome)」というとトーマスのこと(ポーランド版を見せているうちに「Tomek」を覚えてこう呼ぶようになった)。
メーメー(MeeMee)
:羊のこと。鳴き声そのままなのでわかりやすい。なお、山羊も同じ。
ワウワウ(UauUau)
:犬のこと。わかりやすい。
ニャオ(Niao)あるいはミャオ(Miao)
:猫のこと。
ChrrrrChrrrr
:ブタ。日本語では表記不可能なのでこのように表記しているが、ようはブタの鳴き声を真似るときに鼻を鳴らす、あれに近いもの。あまりに気合を入れると鼻水が飛び出すこともあり、動物園などでブタ小屋に入った時はブタよりも彼らに近寄らない方が良い。
ウェアウワ(WaeuWa)
:ライオン。これも発音表記が難しい。ようはライオンが「ガオー」とか「ウオー」とか吼えるのを真似ていると思えばよい。
んぱんぱ(NpaNpa)
:魚のこと。発音表記は不可能に近くこのように表記したが、ようは金魚のように「口ぱく」をする唇を開け閉めするときに「パクパク」と音がする、あれを真似すればよい。
なお、どんぐり語ではないが、「シャケ」はきちんと言えるようになった。また、どんぐりの弟の方は最近「かば」と「へび」をきちんと言えて(絵本で)認識するようになった。少し日本語の語彙が増えてきたというわけだ。
まだまだ語彙は少ないが、確実に言語能力に進展が見られる。
フッフー(Fuffu)
:「熱い」という意味。ようは、熱い食べ物を「ふうふう」してから食べさせていたら使い出したもの。「フッフー、ナイナイ」は「熱くない」「冷めていて(もう食べられる、だからはよよこせ)」と訳される。
ベー(Baeh)
:きたないこと。(食べ物などが)まずいこと。
カウワ(Kaua)
:コーヒーのこと。ポーランド語のカヴァ(Kawa)と似ているが、まだ「ヴァ」と発音できず、どちらかというと「カウワ」に近い発音となる。勿論、本人たちはまだ飲んでいない。
ミユ(Miyu)
:ミルク(牛乳のこと)。「ミルク」が語源と推測される。最近好きになり(以前はリンゴジュースばかりであったが)、しきりに欲しがるようになった。なお、少し温めてから飲むので電子レンジで10秒ばかりチンするのであるが、電子レンジのドアの開け閉めと「スタート」ボタンは自分でやるといってきかず、うっかり父ちゃんがやってしまうとえらく怒り出すのには本当にまいる。
ブーブー(Buu Buu)
:車のこと。日本の幼稚語とほぼ同じ。ちなみにバスも「ブーブー」になる。
ゴッゴー(Go Goo)
:クレーン・ブルドーザー・パワーショベルなど工事現場でよく見かける特殊車両。大ファン。道を歩いていて見かけるとしきりに「ゴッゴー、アッター」を連発する。立ち止まらずに急いで通り過ぎようとすると猛反発して泣き叫ぶので要注意。クレーンのてっぺんが見えたら回避すべく別のルートを通るか、時間的に余裕があれば観念して5分程立ち止まるかのどちらか。
ジュジュー(DschuDschuh)
:電車のこと。ゴッゴー以上に熱を入れている。恐らく二人とも将来は鉄道ファンになる前兆と思われる。乗るのも大好き、見るのは本物だろうが模型だろうが飽きなく眺めていられる。アニメでは勿論「機関車トーマス」が大のお気に入りで「トメー(Tome)」というとトーマスのこと(ポーランド版を見せているうちに「Tomek」を覚えてこう呼ぶようになった)。
メーメー(MeeMee)
:羊のこと。鳴き声そのままなのでわかりやすい。なお、山羊も同じ。
ワウワウ(UauUau)
:犬のこと。わかりやすい。
ニャオ(Niao)あるいはミャオ(Miao)
:猫のこと。
ChrrrrChrrrr
:ブタ。日本語では表記不可能なのでこのように表記しているが、ようはブタの鳴き声を真似るときに鼻を鳴らす、あれに近いもの。あまりに気合を入れると鼻水が飛び出すこともあり、動物園などでブタ小屋に入った時はブタよりも彼らに近寄らない方が良い。
ウェアウワ(WaeuWa)
:ライオン。これも発音表記が難しい。ようはライオンが「ガオー」とか「ウオー」とか吼えるのを真似ていると思えばよい。
んぱんぱ(NpaNpa)
:魚のこと。発音表記は不可能に近くこのように表記したが、ようは金魚のように「口ぱく」をする唇を開け閉めするときに「パクパク」と音がする、あれを真似すればよい。
なお、どんぐり語ではないが、「シャケ」はきちんと言えるようになった。また、どんぐりの弟の方は最近「かば」と「へび」をきちんと言えて(絵本で)認識するようになった。少し日本語の語彙が増えてきたというわけだ。
まだまだ語彙は少ないが、確実に言語能力に進展が見られる。
2011年1月24日月曜日
初うんち
ついにやった!初うんち!!
といってもうんちは毎日(おむつの中で)やっているので正確に表現すると「初めてのおまるでのうんち」となる。
いつも朝起きてすぐにトイレに連行(!)し、おまるに座らせるのであるが(当然おまるも二つある)、おしっこは大分前からするようになっていた。ただし、おまるでおしっこをするのはまだ朝起きてすぐと風呂に入る前だけ。日中は基本的におむつの中でこっそり「しゃー」とやってしまう。
おまるでおしっこが出るとちんぽこを指差して「あー、あったー」と歓喜の声をあげる。そして立ち上がって得意がって「あったー」を繰り返す。そして父ちゃんか母ちゃんがおまるを便器に流すのであるが、今日はどんぐりの兄貴の方が中々立ち上がらない。父ちゃんが「どいてごらん」と言っても「んんー、まま」と首を振って動かない。
どうしてかなと思うと、とりあえずママの命令には従って立ち上がったところ、あった、あった、茶色いとぐろちゃんが。思わず皆で歓声を上げ、この記念すべき瞬間(そして匂いも)を満喫するのであった。
どんぐりの弟の方はこの光景をしげしげと眺めていた。次のお前の番だ、期待しているよ。
ところで、兄貴の方も残念ながら日中は相変わらず、そして翌朝もおむつの中で「実行済み」であった。
といってもうんちは毎日(おむつの中で)やっているので正確に表現すると「初めてのおまるでのうんち」となる。
いつも朝起きてすぐにトイレに連行(!)し、おまるに座らせるのであるが(当然おまるも二つある)、おしっこは大分前からするようになっていた。ただし、おまるでおしっこをするのはまだ朝起きてすぐと風呂に入る前だけ。日中は基本的におむつの中でこっそり「しゃー」とやってしまう。
おまるでおしっこが出るとちんぽこを指差して「あー、あったー」と歓喜の声をあげる。そして立ち上がって得意がって「あったー」を繰り返す。そして父ちゃんか母ちゃんがおまるを便器に流すのであるが、今日はどんぐりの兄貴の方が中々立ち上がらない。父ちゃんが「どいてごらん」と言っても「んんー、まま」と首を振って動かない。
どうしてかなと思うと、とりあえずママの命令には従って立ち上がったところ、あった、あった、茶色いとぐろちゃんが。思わず皆で歓声を上げ、この記念すべき瞬間(そして匂いも)を満喫するのであった。
どんぐりの弟の方はこの光景をしげしげと眺めていた。次のお前の番だ、期待しているよ。
ところで、兄貴の方も残念ながら日中は相変わらず、そして翌朝もおむつの中で「実行済み」であった。
2010年11月29日月曜日
初雪の日の怠け者ちゃん
ついに雪が降った!しかも半端な振り方ではない。今もしんしんと降っていて既に数センチは積もっている。
先週の火曜日にミュンヘンに出張した際、向こうで車を運転中に雪が降り始めたのだが、「おらが村(DDF)」では今日になっての初雪である。
それにしても今週のLeipzig行きのフライトが欠航にならないか、気がかりなところである。
とはいえ、街中ではクリスマス市も立っていて雰囲気はいよいよクリスマスらしくなってきたのは何より。
ちなみに今日は上の娘の面接があった。来年は小学校を卒業するので 次の進学先のGymnasiumを決めねばならず、まずは第一候補先の面接試験に3人連れ立って行ったのである(下の子供達二人は知り合いのご夫人にベビーシッターを頼んだ)。
ライン川沿いにある非常に古い(村で2番目に古く300年は経つ)伝統的な学校であるが、カトリック進学校(生徒の75%はカトリック信者から採用すという厳格なルールに基づく)でもあり規律を重んじレベルも高いという評判。公立ではなく、ケルン大司教の管轄の「私立」学校である(ただし教科や学費などの基準は公立と同じ)。
とりあえずうちの子は第1のハードル(洗礼)は越えられているが、果たして「楽ちん大好き、わたし怠け者ちゃん、勉強なんて後でいいじゃん、まずはあ・そ・び」というノリのあの娘で大丈夫かなあ。成績はまあ良い方なのであるが。
朝9時からの面接で20分前には事務局で受付、必要書類に記入を終えて待っていると間もなく校長先生が直々お迎えに来られた。そして校長先生との(緊張した雰囲気の中での)面接が始まった。丸テーブルを共に囲んでの(超至近距離での)面接であった。子供よりも親の方が緊張していたかもしれない(ただし父親は該当せず。恥ずかしながら私は全く緊張感なくくつろいでおりました)。
何はともあれ、ありきたりの質疑応答を終え、いよいよ持参した書類の中でも最も大切な通知表(現時点で提出するのは3年時のもの)を取り出して校長先生様に恐る恐るお渡しした。
通知表の一言一句を無言のまま目で追う校長殿。小学校の担任の先生が懇切丁寧に何10行も書いた通知表の文面を、両目を左右にものすごいスピードで動かしながらの黙速読(さすがは校長!)。これを固唾を呑んで見守る一家3人。この間シーンと静まり返っている。さすがの私もこの時ばかりは緊張した(ふりをした)。
ようやく読み終わりかけたところで「むむっ」という声が発せられたので、息を呑む3人。果たして、次に発する言葉を聞き逃すまいと体を乗り出す。と、「怠け者ちゃん?って何だこれ?くっく(押し殺した笑い)。こんな通知表はじめてだ!しかしいっぱい書いているねー。」とのお言葉。何と3年1学期の通知表には「あんたは怠け者ちゃんね」という可愛らしいコメントが書かれているのを忘れていた。既に手遅れ。校長先生はまだウケまくっている。
2学期の通知表はより進学を意識して固めの文体で慎重に書かれるらしい。1学期は担任が書きたいように書く。しかし必要書類には1,2学期両方を提出せよとあるので結局見られる点では同じことなのだが。それとも面接時の提出は直近のだけで良くて後は郵送すればよかったのかな?と焦る父親、パニくる母親。きょとんとした顔の娘。
弁解させていただくと、この通知表は決して悪い内容ではないのである。平均点以上であるし、2学期のはもっとよく、校長殿にもその場で誉めていただいた。ただ、うちの子は「もっと努力すれば学力アップするのに勿体無い、自分の才能を最大限に活かしなさい」という担任の先生の熱意と愛情のこもった表現が「怠け者ちゃん」という言葉に現われていたのである。校長先生、わかっていただいているかな?
今の学校では個人の能力に応じて課題が出される方式なのであるが、うちの子はどうやら求められる一定基準は難なくこなすのであるが、そこから先に自由課題などに挑戦して自助努力によってレベルアップを図るという意気込みが皆無であり、「ちゃっちゃっちゃ。はい出来た!言われたことだけやったのでこれでおしまい!全部あってるよ!他の皆もここまでしかやってないし。さあ遊ぼ!」という具合に「楽をしている」のである。
誰かがお尻をペンペンしてこの怠け者ちゃんに「がんばる」気にさせないと、きっとこのままイージーゴーイングの人生を送るであろう。本人のためにもそれは良くないと考え、そこでこの学校に思わず期待! もう親の言うことは聞かなくなってきているので。言い訳だけはいっちょまえなんだよね、こいつ。とほほ。
そうはいっても今年も応募者が圧倒的に定員を上回っているらしく、「狭き門」であることには変わりない。
何はともあれ、「怠け者ちゃん」事件で相当校長先生の印象には残っているはずである。 落ちても受かっても恐らく「怠け者ちゃん」のコメントのおかげ(せい)、と考えよう。
最終的には本人にあった学校に行かせて幸せな学園生活をエンジョイしてもらえれば十分。ただ、与えられた可能性も十分に活用しない手はないし、先般の説明会・学校見学から判断した限りでは、今のところここがベストチョイスかと思われる。もう一校エリート校っぽい伝統的な学校があるが、どうやらボンボンやお嬢が多いらしく、高学年にはプラダやシャネルのブランドで着飾った鼻持ちならない連中が多いらしい。そんなのがきっと近隣の銀行・証券会社にあこがれて入り(その学校は金融街とブランドショップのど真ん中)若くしてマネジャーになってがっぽり稼ぎ、金銭感覚が麻痺したまま「経済的犯行」に手を出してしまうのであろう。む、ちょっと飛躍しすぎたかな?
面接落ちた場合?その時はその時で第2志望探しだね!結果発表の2月中旬まで時間はまだたっぷりある。
で、補習校の宿題は??
先週の火曜日にミュンヘンに出張した際、向こうで車を運転中に雪が降り始めたのだが、「おらが村(DDF)」では今日になっての初雪である。
それにしても今週のLeipzig行きのフライトが欠航にならないか、気がかりなところである。
とはいえ、街中ではクリスマス市も立っていて雰囲気はいよいよクリスマスらしくなってきたのは何より。
ちなみに今日は上の娘の面接があった。来年は小学校を卒業するので 次の進学先のGymnasiumを決めねばならず、まずは第一候補先の面接試験に3人連れ立って行ったのである(下の子供達二人は知り合いのご夫人にベビーシッターを頼んだ)。
ライン川沿いにある非常に古い(村で2番目に古く300年は経つ)伝統的な学校であるが、カトリック進学校(生徒の75%はカトリック信者から採用すという厳格なルールに基づく)でもあり規律を重んじレベルも高いという評判。公立ではなく、ケルン大司教の管轄の「私立」学校である(ただし教科や学費などの基準は公立と同じ)。
とりあえずうちの子は第1のハードル(洗礼)は越えられているが、果たして「楽ちん大好き、わたし怠け者ちゃん、勉強なんて後でいいじゃん、まずはあ・そ・び」というノリのあの娘で大丈夫かなあ。成績はまあ良い方なのであるが。
朝9時からの面接で20分前には事務局で受付、必要書類に記入を終えて待っていると間もなく校長先生が直々お迎えに来られた。そして校長先生との(緊張した雰囲気の中での)面接が始まった。丸テーブルを共に囲んでの(超至近距離での)面接であった。子供よりも親の方が緊張していたかもしれない(ただし父親は該当せず。恥ずかしながら私は全く緊張感なくくつろいでおりました)。
何はともあれ、ありきたりの質疑応答を終え、いよいよ持参した書類の中でも最も大切な通知表(現時点で提出するのは3年時のもの)を取り出して校長先生様に恐る恐るお渡しした。
通知表の一言一句を無言のまま目で追う校長殿。小学校の担任の先生が懇切丁寧に何10行も書いた通知表の文面を、両目を左右にものすごいスピードで動かしながらの黙速読(さすがは校長!)。これを固唾を呑んで見守る一家3人。この間シーンと静まり返っている。さすがの私もこの時ばかりは緊張した(ふりをした)。
ようやく読み終わりかけたところで「むむっ」という声が発せられたので、息を呑む3人。果たして、次に発する言葉を聞き逃すまいと体を乗り出す。と、「怠け者ちゃん?って何だこれ?くっく(押し殺した笑い)。こんな通知表はじめてだ!しかしいっぱい書いているねー。」とのお言葉。何と3年1学期の通知表には「あんたは怠け者ちゃんね」という可愛らしいコメントが書かれているのを忘れていた。既に手遅れ。校長先生はまだウケまくっている。
2学期の通知表はより進学を意識して固めの文体で慎重に書かれるらしい。1学期は担任が書きたいように書く。しかし必要書類には1,2学期両方を提出せよとあるので結局見られる点では同じことなのだが。それとも面接時の提出は直近のだけで良くて後は郵送すればよかったのかな?と焦る父親、パニくる母親。きょとんとした顔の娘。
弁解させていただくと、この通知表は決して悪い内容ではないのである。平均点以上であるし、2学期のはもっとよく、校長殿にもその場で誉めていただいた。ただ、うちの子は「もっと努力すれば学力アップするのに勿体無い、自分の才能を最大限に活かしなさい」という担任の先生の熱意と愛情のこもった表現が「怠け者ちゃん」という言葉に現われていたのである。校長先生、わかっていただいているかな?
今の学校では個人の能力に応じて課題が出される方式なのであるが、うちの子はどうやら求められる一定基準は難なくこなすのであるが、そこから先に自由課題などに挑戦して自助努力によってレベルアップを図るという意気込みが皆無であり、「ちゃっちゃっちゃ。はい出来た!言われたことだけやったのでこれでおしまい!全部あってるよ!他の皆もここまでしかやってないし。さあ遊ぼ!」という具合に「楽をしている」のである。
誰かがお尻をペンペンしてこの怠け者ちゃんに「がんばる」気にさせないと、きっとこのままイージーゴーイングの人生を送るであろう。本人のためにもそれは良くないと考え、そこでこの学校に思わず期待! もう親の言うことは聞かなくなってきているので。言い訳だけはいっちょまえなんだよね、こいつ。とほほ。
そうはいっても今年も応募者が圧倒的に定員を上回っているらしく、「狭き門」であることには変わりない。
何はともあれ、「怠け者ちゃん」事件で相当校長先生の印象には残っているはずである。 落ちても受かっても恐らく「怠け者ちゃん」のコメントのおかげ(せい)、と考えよう。
最終的には本人にあった学校に行かせて幸せな学園生活をエンジョイしてもらえれば十分。ただ、与えられた可能性も十分に活用しない手はないし、先般の説明会・学校見学から判断した限りでは、今のところここがベストチョイスかと思われる。もう一校エリート校っぽい伝統的な学校があるが、どうやらボンボンやお嬢が多いらしく、高学年にはプラダやシャネルのブランドで着飾った鼻持ちならない連中が多いらしい。そんなのがきっと近隣の銀行・証券会社にあこがれて入り(その学校は金融街とブランドショップのど真ん中)若くしてマネジャーになってがっぽり稼ぎ、金銭感覚が麻痺したまま「経済的犯行」に手を出してしまうのであろう。む、ちょっと飛躍しすぎたかな?
面接落ちた場合?その時はその時で第2志望探しだね!結果発表の2月中旬まで時間はまだたっぷりある。
で、補習校の宿題は??
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